年度 | 順位 | 出走回数 | 1着 | 2着 | 3着 | 着外 | 勝率 | 連対率 | 複勝率 | 総賞金 | 出走頭数 | EI |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2005 | 445 | 7 | 0 | 0 | 1 | 6 | 0.0% | 0.0% | 14.3% | 295万 | 1 | 0.44 |
2004 | 427 | 5 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0.0% | 20.0% | 20.0% | 300万 | 1 | 0.44 |
2003 | 238 | 13 | 2 | 2 | 1 | 8 | 15.4% | 30.8% | 38.5% | 3313.5万 | 2 | 2.37 |
2002 | 506 | 2 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0.0% | 0.0% | 0.0% | 110万 | 1 | 0.15 |
2001 | 371 | 18 | 0 | 4 | 1 | 13 | 0.0% | 22.2% | 27.8% | 1352万 | 4 | 0.44 |
2000 | 433 | 12 | 0 | 2 | 2 | 8 | 0.0% | 16.7% | 33.3% | 788万 | 3 | 0.32 |
1999 | 587 | 5 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0.0% | 0.0% | 0.0% | 0 | 2 | 0.00 |
1998 | 256 | 48 | 4 | 1 | 2 | 41 | 8.3% | 10.4% | 14.6% | 4225万 | 6 | 0.81 |
1997 | 315 | 46 | 2 | 2 | 3 | 39 | 4.3% | 8.7% | 15.2% | 3054.7万 | 8 | 0.44 |
1996 | 391 | 40 | 2 | 0 | 2 | 36 | 5.0% | 5.0% | 10.0% | 1719万 | 8 | 0.24 |
1995 | 300 | 54 | 2 | 3 | 4 | 45 | 3.7% | 9.3% | 16.7% | 3454.1万 | 11 | 0.36 |
1994 | 213 | 58 | 6 | 6 | 4 | 42 | 10.3% | 20.7% | 27.6% | 6176万 | 11 | 0.65 |
1993 | 274 | 68 | 3 | 5 | 5 | 55 | 4.4% | 11.8% | 19.1% | 3625万 | 10 | 0.41 |
1992 | 522 | 18 | 0 | 1 | 1 | 16 | 0.0% | 5.6% | 11.1% | 558万 | 4 | 0.16 |
年度 | 順位 | 出走回数 | 1着 | 2着 | 3着 | 着外 | 勝率 | 連対率 | 複勝率 | 総賞金 | 出走頭数 | EI |
当サイトではJRA(日本中央競馬)のみを対象として算出しています。EI:アーニングインデックス(Average Earning Index)とは、競馬においては、種牡馬の成績を表す1つの指標で、種牡馬別の産駒収得賞金に関する指標で 全競走における競走馬1頭あたりの収得賞金に対する、ある種牡馬の産駒1頭あたりの収得賞金の比率をあらわしたものです。
計算式は (産駒の総収得賞金÷産駒の出走頭数)÷(全出走馬収得賞金÷総出走頭数) です。
トウショウサミットは1982に生まれたサンシー産駒の種牡馬。
リーディングサイアーの最高は1994年度の第213位となっている。
リーディングサイアー(Leading Sire)とは、産駒の獲得賞金の合計額による種牡馬の順位のこと。年度別実績一覧では「順位」として表記しています。
系統はゲインズボローで「第1次世界大戦のさなか、ゲインズボローはイギリスで13頭目の三冠馬に輝いた。戦局の悪化で能力検定レースとして行われたため、戦後、三冠馬として認めるべきかどうかの論争が起こった。だが、歴史的名馬にして名種牡馬のハイペリオンを出したことで、その論争にも終止符が打たれた。ハイペリオンは種牡馬となっても大成功し、1940年~54年にかけて英リーディングサイヤーに6回輝いた。その血は世界にも伝播してそれぞれの国で独自のサイヤーラインを築き、父をはるかにしのぐ繁栄ぶりを見せた。しかし、ゲインズボローが単にハイペリオンの父だけでなかったことは、支流のサンクタス系を見ても明らかである。この系統は近年、日本でもサッカーボーイ(マイルCS)、ナリタトップロード(菊花賞)、ヒシミラクル(菊花賞)を出す活躍を見せている。ゲインズボロー系の本質はステイヤー血脈で、競走時代はマイラーでも、種牡馬としては父系のスタミナを伝えることが多い。サッカーボーイから菊花賞馬が2頭出たのも納得のいく話である。戦前のゲインズボロー系としては、1926年に下総御料牧場が輸入したトウルヌソルが有名だ。シアンモアとともに戦前の2大種牡馬として君臨し、日本ダービー馬だけでもクモハタ、クリフジなど6頭出した。クリフジは牝馬ながら11戦不敗、日本ダービーだけでなく菊花賞も勝った女傑だった。またクモハタは後継種牡馬となって成功し、1951~57年まで6年連続でリーディングサイヤーに輝いている。」が特徴とされている。