アスワンの産駒成績

アスワン(牡)

生年 1979年


年度別実績一覧
年度 順位 出走回数 1着 2着 3着 着外 勝率 連対率 複勝率 総賞金 出走頭数 EI
2008 487 13 0 0 0 13 0.0% 0.0% 0.0% 0 2 0.00
2007 502 12 0 0 0 12 0.0% 0.0% 0.0% 74万 2 0.06
2006 415 18 0 0 1 17 0.0% 0.0% 5.6% 604.8万 3 0.31
2005 321 27 1 3 0 23 3.7% 14.8% 14.8% 1305万 6 0.33
2004 155 42 4 2 4 32 9.5% 14.3% 23.8% 7316万 8 1.34
2003 123 68 7 3 7 51 10.3% 14.7% 25.0% 1億179.9万 14 1.04
2002 145 114 5 7 6 96 4.4% 10.5% 15.8% 8897万 18 0.68
2001 101 146 10 7 11 118 6.8% 11.6% 19.2% 1億4313万 27 0.69
2000 145 175 6 3 13 153 3.4% 5.1% 12.6% 9473.1万 28 0.42
1999 133 118 7 6 7 98 5.9% 11.0% 16.9% 1億2132.8万 29 0.50
1998 50 305 13 22 23 247 4.3% 11.5% 19.0% 3億3475.2万 45 0.86
1997 42 337 22 23 20 272 6.5% 13.4% 19.3% 3億9150万 53 0.85
1996 24 389 28 28 20 313 7.2% 14.4% 19.5% 4億9696.3万 58 0.97
1995 33 373 27 31 29 286 7.2% 15.5% 23.3% 4億6164.7万 59 0.90
1994 30 384 33 39 30 282 8.6% 18.8% 26.6% 4億9185.6万 57 1.00
1993 22 398 35 39 36 288 8.8% 18.6% 27.6% 5億6360.5万 69 0.93
1992 29 451 33 33 43 342 7.3% 14.6% 24.2% 5億1853.5万 71 0.82
1991 30 376 36 34 26 280 9.6% 18.6% 25.5% 4億8639万 69 0.81
1990 13 471 46 39 43 343 9.8% 18.0% 27.2% 7億2184.5万 75 1.17
1989 14 411 37 51 34 289 9.0% 21.4% 29.7% 6億7459.5万 57 1.50
1988 36 252 33 30 19 170 13.1% 25.0% 32.5% 3億7247万 37 1.31
1987 166 41 5 7 8 21 12.2% 29.3% 48.8% 6090万 12 0.68
年度 順位 出走回数 1着 2着 3着 着外 勝率 連対率 複勝率 総賞金 出走頭数 EI


EI:アーニングインデックス(Average Earning Index)とは、競馬においては、種牡馬の成績を表す1つの指標で、種牡馬別の産駒収得賞金に関する指標で 全競走における競走馬1頭あたりの収得賞金に対する、ある種牡馬の産駒1頭あたりの収得賞金の比率をあらわしたものです。
計算式は (産駒の総収得賞金÷産駒の出走頭数)÷(全出走馬収得賞金÷総出走頭数) です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/アーニングインデックス
  当サイトではJRA(日本中央競馬)のみを対象として算出しています。




アスワンは1979に生まれたノーザンテースト産駒の種牡馬。
リーディングサイアーの最高は1990年度の第13位となっている。
リーディングサイアー(Leading Sire)とは、産駒の獲得賞金の合計額による種牡馬の順位のこと。年度別実績一覧では「順位」として表記しています。
系統はノーザンテーストで「欧米では1970年代に入るとノーザンダンサー旋風が吹き荒れたが、この時代の日本はナスルーラ系のテスコボーイと、トウルビヨン系のパーソロンが覇を競い合っていた。このため、しばらく導入には消極的だったが、ノーザンテーストの成功が火をつけ、未曾有の導入ラッシュとなった。初年度産駒のアンバーシャダイが4歳になって1981年の有馬記念を制すると、ノーザンテーストはその翌年に早くもリーディングサイヤーに輝いた。以後、ダイナガリバー(日本ダービー)、ギャロップダイナ(天皇賞・秋)、シャダイソフィア(桜花賞)、シャダイアイバー(オークス)、アドラーブル(オークス)らが活躍し、1990年代の半ばまで長きにわたって頂点に君臨し続けた。ノーザンテースト産駒は、2歳戦から活躍する仕上がりの早さがありながら、決して早熟ではなく、3歳になっても成長を上乗せして活躍。古馬になってもしぶとく走り続けた。また距離の長短を問わず、芝もダートも重もこなす万能性に優れ、無類の勝負根性を持ち、夏の暑さにも冬の寒さにも強かった。ノーザンテースト産駒は全体に小柄だったが、能力は大型馬を上まわり、パワーを要するダートも平気でこなした。まさに父ノーザンダンサーの特徴そのもので、従来の血統常識やサラブレッドの価値観が、根底からくつがえされていった。日本にも血統革命が起きたのである。ここまで猛威を見せつけられれば、日本がノーザンダンサー系導入にやっきとなるのは当然。続けてマルゼンスキー、モガミ、リイフォーらが成功したこともあってノーザンダンサー・ブームが起きた、史上空前の導入ラッシュとなった。ノーザンテーストの優れた遺伝力は後継種牡馬にも及び、アンバーシャダイ、メジロライアン(宝塚記念)へと受け継がれていった。メジロライアンはメジロブライト(天皇賞・春)を出し、3代にわたる内国産G1馬の父系をつくり上げている。また母の父としても優れ、サンデーサイレンス、トニービンらの成功を陰で支えた。1991年から2006年まで16年連続でリーディング・ブルードメアサイヤーに君臨。エアグルーヴ(オークス)、ダイワスカーレット(桜花賞)、サッカーボーイ(マイルCS)、サクラバクシンオー(スプリンターズS)ら数多くのG1ホースを送り出している。」が特徴とされている。